入学したてで校内に不案内な初日はどこへ行くにもルルーシュについて回ったスザクだったが、次の日にはその必要もなくなった。
ルルーシュが新入生泣かせで有名なアッシュフォードの広大な敷地にある建物とその教室の配置すべてを、たった半日で完璧に把握したからだ。
加えてスザクは部活漬けで朝は早く夜は遅い。だからルルーシュとスザクが一緒にいるのは日中だけで、四六時中行動を共にしているわけではない。
2人が同居しているのを知っているのは中等部にいるナナリーだけで、その他の人間が知るはずもない。
けれど、なぜか周囲の人間はルルーシュとスザクとをセットとして認識しているようで、ルルーシュの姿が見えないときはスザクに、スザクを捕まえたいときはルルーシュにという暗黙の了解が、いつの間にかアッシュフォードに出来上がっていた。
Le Petit Prince 6
「スザク、ルルーシュは?」
「ランペルージがどこへ行ったか知らないか?」
「おい枢木、放課後までに職員室に来るよう相棒に伝えておけよ」
「ねぇ!スザクくん、ルル知らない?」
「おっ、スザク見ーっけ!ルルー…」
「知らないよ!」
放課後、廊下でリヴァルに呼び止められたスザクは思わず大声で叫んだ。
昼休みから会う人会う人に「ルルーシュは?」と延々聞かれ続けての反応だったのだが、目を大きく見開いて固まったリヴァルの姿に、しまったと慌てて口を押さえた。
「ごめんリヴァル、怒ってるわけじゃないんだ。ただルルーシュの行き先は知らなくて。というか僕も探してるんだよ」
困ったように息を吐くスザクに、リヴァルも苦笑する。
「いーっていーって。どうせ俺の他にもいっぱい聞いてきたんだろ。それにしてもあいつはすーぐふらっといなくなっちゃうのな」
スザクは幼馴染みの顔を思い浮かべて、ますます眉を寄せた。
昔から団体行動よりは個人行動を好む傾向はあったが、再会してからというもの、ルルーシュの身軽さに磨きがかかっているような気がするのだ。
最近では学校にいる間に止まらず、スザクが部活で遅くなる日は夜でも一人でどこかへ出かけているような気がしている。昔と違って、庇護の対象であるナナリーが常にすぐ傍にいるわけじゃないからかもしれない。
でもせめて僕には一言あってもいいんじゃないの、とスザクが心のなかで悪態をついていると、リヴァルが時計を見て「あれ?」と呟いた。
「お前部活は?なんか大学部から偉い先生が来るとかって言ってなかった?」
「そうなんだよ。担任からルル宛ての伝言預かってるんだけど…弱ったな」
早く道場に行って準備をしておかなきゃならないのにと肩を落とすスザクに、リヴァルがどんと胸を叩いて見せた。
「オッケー、じゃあ引き受けるわ。俺も会長から伝言預かってんだ。ついでにお前の伝言も伝えといてやるよ」
「ほんとに?助かるよ!ルルーシュ、多分屋上だと思う。いつものとこじゃなくて、東棟の方が怪しい気がするんだけど、さすがにここからじゃちょっと遠くて。あぁ、もう行かなきゃ!ごめんね、よろしくリヴァル!」
そう言うやいなや校内一を誇るスピードで走り去った級友に、リヴァルは首を傾げた。
「………なんで居場所分かんの?」
部員のいなくなった道場で、帰り支度を終えた師範である藤堂にスザクは頭を下げた。
「藤堂さん、ありがとうございました。すごく勉強になりました。やっぱりまだまだ練習が足りません」
苦笑するスザクに藤堂も柔らかく目を細める。
「いや、私も相変わらず君との試合は気が抜けない。攻撃からの切り替えが以前手合わせたときより格段に早くなってきている。もう三本に一本は取られるようになっているしな」
幼い頃から指導を受けてきた藤堂に褒められ、スザクは困ったように眉を下げながらも嬉しそうに頭を下げた。
「そう言えば、幼馴染みの彼と再会できたそうだね。悲願達成というところだろうか」
「えっ!?な、なんで藤堂さんが知って!?」
「彼女が教えてくれたんだが、違ったか?」
藤堂の視線を追ってスザクが振り返ると、更衣室の戸締りを終えた赤い髪の少女が道場に入ってくるのが見えた。
「なによ?」
カレンが首を傾げながら近付いてくる。藤堂に会釈し、「どうかした?」とスザクの顔を覗き込む。
「ルルーシュのこと、」
「言ったわよ?だめだった?」
そういうわけじゃないけどとスザクが首を振ると、カレンはあっさりと納得して藤堂に向き直った。
「今日は本当にありがとうございました。これで皆の気合も入れ直せたと思います。しばらく大会はないですけど、昇段試験がありますから」
「去年君達が大会という大会で大活躍してくれたおかげで部員が急激に増えたから忙しいだろう。私で役に立てるのならいつでも呼んでくれ」
藤堂を見送ってようやく2人も帰途についた。
夏の長い日もすっかり落ち、空には星が瞬いている。今何時だろうと携帯電話を取り出したところで、スザクは新着メールが2通届いていることに気がついた。
1通目はリヴァルからで、『ビンゴ!東棟屋上で発見!ちゃんと伝えといたからな~』と書かれている。無事に伝言が伝わってよかったと思う反面、何も告げずふらっと姿を消してしまっていたルルーシュに対して僅かな苛立ちが湧き上がってきた。
続けて見た2通目はまさしくルルーシュからのもので、『夕飯のリクエストはあるか?』というシンプルな一文がディスプレイに表示されている。
「まったく…そんなのじゃごまかされないよ」
少しだけ嬉しいと思ってしまった自分から目を逸らしながら、スザクはばちんと携帯電話を閉じた。
「なーにブツブツ言ってんのよ?彼女から?」
隣で面白そうに笑うカレンに「違うよ、そんなんじゃない」と返すと、カレンは大して興味もなさそうに「でしょうね」と頷いた。
「ニヤニヤしてるからもしかしたらと思ったんだけど。彼女じゃなかったら好きな子?まぁどっちでもいいけどね。私には関係ないし」
カレンのサバサバした物言いに思わずスザクも苦笑する。
「まぁ恋人にしたい子ではあるけど」
スザクの言葉にカレンが勢いよく振り向いた。ぐい、と体を近づけてスザクの顔をまじまじと見つめる。
「好きな子!?あんたに!?へぇぇ…?」
珍しいものを見たかのようなリアクションに、スザクは思わず一歩引いて距離をとった。スザクの表情から嘘ではないようだと判断したのだろう、カレンは「へぇ~、ふぅん、そうなの」と感心したように何度も頷いた。
「え、なに、その反応。僕、変なこと言った?」
「変なこと…と言えばそうなんじゃない?まぁ昔のあんたを知ってる人間からしたら驚きの新情報よね」
にやりと肩眉を上げて器用に笑うカレンに、スザクはぐっと喉を詰まらせる。
「昔の話はいいよ。…反省はしてるんだ、これでも。あ、ちょっと!ルルーシュには言わないでよ!」
それだけは頼むからと言い募るスザクに、カレンは呆れたように肩をすくめた。
「人のことべらべら言いふらすような真似、するわけないでしょ。あんたって、本当に転校生のこととなると必死よね」
「そりゃそうだよ。6年ぶりに会えたんだから」
会いたくて会いたくて仕方がなかったのだ。もう会うことはないのかと半ば諦めすらしかけていた相手に会えて、必死にならないはずがない。
けれど、カレンは今度こそ呆れたと米神を押さえて首を振ってみせた。
「違うわよ、そういうことじゃなくて。ちょっと過干渉すぎるんじゃない?ってこと」
「そんなことないよ。ルルーシュはああ見えて結構抜けてるとこあるし、運動神経ないし、日本にだって来たばっかりだし」
「それが過干渉だって言うの。相手だって同じ16の男なのよ。女子供じゃないんだから」
カレンの言葉にカチンときたのか、スザクの眉が寄った。
「僕がルルーシュを無意味に甘やかしてるって言いたいの?」
「勘違いしないでよ。別に責めてるわけじゃないんだから。要はくっつきすぎよって警告してあげてるの。一部でだけど、自分達がなんて言われてるか知ってる?あの2人はデキてる、なんて言われてるのよ」
そんなのあんたも彼も面白くないでしょうと言われて、スザクは「うぅん…」と複雑な声を出した。
それを肯定と受け取ったのか、カレンが「まぁ言ってるのは暇で仕方ない人間ばっかりだろうけど。気にすることないわよ」とスザクの背を叩いて笑う。それに曖昧な笑みを返しながら、スザクはルルーシュを思い浮かべた。
噂は幸か不幸か言われ慣れているし(もちろんいい気はしないが)、ルルーシュも生憎他人からの評価をいちいち気にするような可愛い性格はしていない。けれど、カレンの気遣いは素直に受け取っておこうとスザクはありがとうと頷いた。
「……それにしても、くっつきすぎ、かなぁ?別に普通じゃない?」
ありがとうを言った直後のセリフじゃないと内心うんざりしながら、カレンは大きく息を吐き出した。中学生の頃、剣道で知り合って以来なんだかんだと腐れ縁を続けてきているにも係わらず、未だに会話が噛み合わないことがあるのは何でなの、と小さくひとりごちる。
「あんたのクラスの子からも聞いたわよ。転入初日に全員の目の前で思いっきり抱きついたんだって?」
クラスの離れているカレンの耳にも届いていたのかと驚くスザクの反応に、カレンはがっくりと肩を落とした。
「そりゃ学校中の注目の的にもなるわよ。まぁもう随分落ち着いてるけどね、さすがに。それに私はまだ見かけたことないけど、ほとんど毎日一緒にいるんでしょ?」
「最近はそうでもないよ。ルルーシュ、なんかすぐどっか行っちゃうから」
口にするとますます面白くなく感じられて、自然とスザクの口調も拗ねたものになる。仕方ないわねと思いながらもカレンは「とにかく!」と仁王立ちになって言い切った。
「誤解を生むような真似は慎みなさい!こんなこと言いたくないけどあんたはまだデリケートな立場なんだから。それに、そんなつまんない噂、あんたの幼馴染みにだってきっと迷惑にしかならないわよ」
カレンの優しさはありがたいと思う。しかし、スザクはカレンの言葉を受けて固まった。迷惑という2文字に殴りつけられたような衝撃を感じて、「ええと、うん」と締まらない返事を返すのに精一杯になる。
「もうここでいいわ。寮すぐそこだし。いつもありがとね」
角を曲がれば寮が見える、という所で「じゃあまた明日」と駆け出そうとするカレンを、スザクが「あ、あのさ!」と呼び止めた。
「あの、その、迷惑、かな。そういう噂って、」
「迷惑でしょ。もしその彼に好きな子でも出来たら余計にね」
どこか青い顔をして喋るスザクに眉をひそめながら、カレンがどうしたのと問いかけようと口を開いたその瞬間、スザクは全速力で走り出した。
「……なんかまずいこと言った?」
あっという間に見えなくなったスザクの走り去った方向を見つつぽつりと呟いたが、すぐにまぁいいかと寮へ歩き出した。
エレベーターが降りてくる数秒間も待てず、スザクは2段飛ばしの勢いで非常階段を駆け上がった。鍵を開けるのももどかしく、乱暴に靴を脱ぎ捨てて部屋に上がる。
「ルルーシュッ!!」
リビングは無人で、キッチンにも人影はない。玄関に靴があるかどうかは確認していなかったが、電気は点いているのだから室内にはいるはずだと、スザクはノックする余裕すらなく転がるようにルルーシュの部屋へ入った。
「スザク!?」
突然必死の形相で入ってきたスザクに目を丸くして驚くルルーシュを見つけて、スザクはその勢いのまま飛びつく。案の定バランスを崩したルルーシュと一緒にベッドに倒れこむ形になった。
「ル、んんっ」
顔を上げたスザクの口をルルーシュが咄嗟に塞ぐ。耳に当てていた携帯電話を見せると、スザクがこくこくと慌てて頷いた。
「ああ、何でもありません。ではそういうことで」
ルルーシュは短くそれだけを告げると、相手の返答も待たずにさっさと電話を切った。
「ごめん、ルルーシュ。電話してたのに」
ルルーシュが携帯電話を閉じるのを待って、スザクがしゅんと肩を落として頭を下げる。
「いいさ。それよりどうしたんだ、そんなに慌てて」
珍しく僅かに息を切らせているスザクを見て、ルルーシュが珍しいものを見たなと笑う。
「そうだった!ルルーシュに聞きたいことがあって!」
今まで垂れていた耳がぴんと立ったのが見えるようだと内心笑いそうになりながら、ルルーシュは乱れたスザクの髪を梳いて話の続きを促した。
「迷惑!?」
話の前後も主語すらもなく問われた言葉に、ルルーシュはぱちぱちと目を瞬く。
「正直に言ってルルーシュ。僕は周りも牽制できて一石二鳥かなって思ってた部分もあって全然気にしてなかったから、カレンが言ったときも素直に返事できなかったんだけど、ルルーシュが迷惑ならどうにかして止めさせるから」
「とりあえず待て、スザク。話が全く見えないんだが」
スザクが真剣なのは伝わってくるが、何が迷惑で何を牽制して一石二鳥なのか、ルルーシュにはどれも意味が分からない。首を傾げるルルーシュに、スザクはもどかしそうに頭を振る。
「だから、君に触れることだよ!カレンに聞いたんだ。僕とルルーシュが噂されててそれで君に迷惑がかかるって」
まだ幾分か動揺しているのか、上手く繋がらない言葉に、スザクは「ああ、もう!」とルルーシュの手を握り締めた。
「ああ、あの噂か。確か俺とお前が恋人同士だとかいうあれだろう」
しかし、ルルーシュはあっさりと知っているぞと頷いた。なかなか面白いことを考え付くものだと楽しそうに笑う。
「6年ぶりに再会したお前が俺に告白して、無事付き合うことになっているらしいぞ」
「……知ってたの?」
「人の顔を見てひそひそされれば嫌でも気付くさ。それで?お前はその噂を俺が迷惑がっていて、スザクに触れられるのも嫌がっていると?」
繋がれたままの手を目の高さまで持ち上げ、「離すか?」と目を細めて笑う。
「…君の嫌がることとか、君の迷惑になることはしたくないんだ」
再び肩を落としたスザクに、ルルーシュは息を吐いて繋いだ手を握り返した。
「俺達のことを知りもしない赤の他人に何を言われても、俺は痛くも痒くもない。そんな風評にいちいち傷付いてやるほどお人好しじゃないさ」
そう言ってにやりと笑うルルーシュに、スザクもつられて笑った。
そうだよ、ルルーシュはこうだった。分かっていたはずなのに、本人の口から聞いて安堵している自分に笑えた。嫌われても迷惑がられてもいない。それに心底ほっとする。
「やっと笑ったな。さぁ、そろそろ上からどいてくれないか。夕食にしよう」
「うわっ!!ご、ごめん!!!」
慌ててベッドから立ち上がる。ルルーシュはくつくつと肩を震わせながら、差し出されたスザクの手を取った。
「そんなに笑わないでよ…」
ベッドのシーツに寄った皺をなぜか直視できずにスザクが目を泳がせていると、ふとルルーシュの携帯電話が点滅しているのが見えた。
「ルルーシュ、電話じゃないの?」
しかしルルーシュはディスプレイを見ることもせず、電源をオフにして机の上に携帯電話を置いた。怪訝そうに見つめてくるスザクに首を振ってみせる。
「大した用じゃないさ。気にするな」
そのまま部屋を出ようとするルルーシュを呼び止め、僅かに逡巡した後、スザクは静かに口を開いた。
「ねぇ、さっきの電話の相手ってリナリーじゃないよね?」
愛して止まない妹からの電話をルルーシュが無下にするはずがない。かといって、ルルーシュの性格を考えれば他人に電話番号を簡単に教えるとも考えにくい。なにせ、クラスメイトや成り行きとはいえ入った生徒会のメンバーとは上手く関係を築いてはいるが、スザクから見ればまだまだ何枚もルルーシュは猫を被っているのだ。
「今の電話もさっきの人?」
「なんでもないただの野暮用だ。言っただろう、大した用じゃない」
軽い調子で言うルルーシュに、スザクは「でも」と食い下がった。
「最近学校でも君を探すことが多くなったし。危ないこととかしてないよね、ルルーシュ」
「考えすぎだ。今日の伝言ならちゃんと受け取ったし、俺だっていつもいつも教室にいるわけじゃないさ。トイレにも行くし、図書室に行ったりもする」
なにも不思議なことなんかないだろうと言われ、確かにそうだよねと渋々頷く。
それでもどこかまだ納得しきれていない様子でスザクが口を開きかけたそのとき、ルルーシュは部屋の扉を開けて振り返った。
「ほら、お前も手伝え。今夜はカレーだぞ」
俺も空腹なんだ、早くしろと急かされて、スザクも慌てて部屋を出る。
ルルーシュの様子に僅かな引っ掛かりを感じながらも、漂ってきた食欲をそそるカレーの匂いに一瞬で思考が散った。
「半熟卵乗せたい!」
「分かってる。ほら、お前は皿を持って来い」
夕食のおかわりをする頃には、すっかりスザクはルルーシュの電話のことを忘れていた。
後々このときの自分を思い出すたび、スザクはちゃんとルルーシュに最後まで話を聞けていたらと強く思う。
「すっごく美味しいよ、ルルーシュ」
「当然だ。俺が作ったんだからな」
後でするから後悔なんだと、よく知っていたはずなのに。
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