現代パロ5 Author:澪
アッシュフォードでは、生徒は皆どこかのクラブに所属するのが決まりだと告げると、ルルーシュは少し考えて、あまり時間が取られるのは困るな、と僅かに首を傾けた。どうして、と問えば、にこりと華やかな笑顔を添えて、言ったろ、いろいろあるって、とぴしゃりとそこでシャットアウト。スザクが納得のいかない歯痒さを感じながらも、いろいろ見て回るといいよ、とだけ返すと、ルルーシュはそうだなと、小悪魔のような笑みを浮かべた。
一体何を企んでいるのやら。
Le Petit Prince 5 ルルーシュは順応が早い。スザクは今、にこやかに会話をこなすルルーシュを眺めて、心の底から感心していた。ルルーシュは転入僅か一週間にして学年のほとんどの生徒の顔と名前を憶え、速やかにアッシュフォードの「文化」に馴染んだ。転入初日の騒動による周囲の浮ついた興味関心さえも上手に受け入れ受け流して、ごく落ち着いた円滑な対人関係を既に築き始めている。
でもすごく表面的だ。
「でね、今、副会長のポストが空いてるの」
緩やかにウェーブしたブロンドが大仰な身振りにあわせてしゃんと揺れる。とうとう掴まった。昼休みの屋上で、食べかけで放置されている弁当を眺めてスザクは、残り少なくなっていく休み時間を恨んだ。いやむしろ、ミレイ・アッシュフォードを恨めしく思っていた。
「へえ、そうなんですか。それじゃあ何かと大変でしょうね」
「そうなのよお~。わかるでしょ?」
ルルーシュの丁寧な受け答えにうんうんと大きく頷くミレイの背後で、クラスメイトかつ生徒会メンバーの一人であるリヴァルが、スザクに向けて手で謝罪を示す。それには曖昧な笑顔で応えてやったが、裏切ったな、という一言はちゃんとスザクの内側で燻っている。
絶対食いつくと思ったんだ。
はあ、と溜め息を零してスザクは、ルルーシュとミレイの会話をただ見守っていた。互いに非常ににこやかであるけれども、にこやかである分不気味な攻防戦が目の前で繰り広げられている。
「胸中お察しします。頑張って下さいね」
鉄壁の微笑でルルーシュが会話を畳もうとしているのに気付き、ミレイがにやりと笑った。
何かと騒ぎが好きな生徒会長だ。絶対にルルーシュのもとに突撃してきて、またとんでもない企画を叩き落すだろうと踏んでスザクは一週間、さりげなく学園内を逃げ回った。でもそれも泳がされていただけかと、いつも一枚も二枚も上手のミレイを眺めて嫌な予感が駆け抜ける。
「うん、ルルーシュ、あなたも一緒にね!」
昼休み、スザクとルルーシュの前に颯爽と現れたミレイの第一声は「ルルーシュ・ランペルージ! あなたを生徒会の一員として任命します!」だった。ルルーシュは至極落ち着いて、そんな俺なんかが恐れ多いと丁重に、殊勝ささえうかがわせて辞退したが、それで退くミレイではない。スザクも最初の10分はなんとかルルーシュの援護射撃を頑張ったが、あえなく言葉が尽きて、この10分はただの観客になっていた。ルルーシュの日本語能力に舌を巻く。予鈴まで後5分だ。
「ははっ、会長、本当に面白い方ですね。何度も言ってますが、俺なんかが入ったら、逆に足手まといですよ。それに、いきなり副会長だなんて、そんな馬鹿な。大体、そういうのは、選挙で選ばれるものでしょう?」
さっきから、転入して間もないからと散々言葉を変えてのらりくらりとミレイをかわしているルルーシュだが、ミレイは本気だ。そして切り札を持っている顔をしている。スザクは心の中で十字を切った。
「ふふーん、残念ながら、生徒会長には指名権があるのよね~」
「じゃあ、もっと適切な人材を探すべきですね、学園のために。――それじゃあ、もうすぐ予鈴も鳴るので」
「ふうーん……残念だなあ~。ナナリーは快くお手伝いしてくれるって言ってくれたのに」
「なっ!?」
スザクは目を閉じた。諦めてぱたりと弁当箱の蓋を閉める。かくして、予鈴がなるのと同時に、ルルーシュはアッシュフォード学園高等部生徒会副会長となったのだった。
「ありがとうルルーシュ! 絶対、ルルーシュなら手伝ってくれるって思ってた! じゃあ早速、今日の放課後、待ってるから。――そして、スザぁク!!」
いきなりミレイにびしぃっと指名されてスザクは思わず姿勢を正す。
「剣道部が忙しいのはわかるけど、たまには生徒会にも顔を出しなさいっ! 風紀委員の仕事だけしてりゃいいってもんじゃないのよっ! あなたも今日の放課後は生徒会に顔を出すこと! ミーティングだけでいいから、ちゃんと発言して責務を全うしなさい!」
「はいっ!」
思わず敬礼しそうになってしまった。変な条件反射が付きそうだとスザクは苦笑して、また颯爽と去っていくミレイの後姿を脱力して眺めた。横でルルーシュが肩を震わせているのに気付かずに。
「くっ、」
「ルルーシュ、僕らも行」
「屈辱だっ!!」
かっと噴火したルルーシュに、スザクが反射でごめんと叫ぶと、ルルーシュがきっとスザクを睨んだ。
「何故おまえが謝る! 何がごめんなのか言ってみろ!」
「えっ! いや、その、何って、えっと、何だろう!?」
ルルーシュがにっこりと愛らしく微笑んだ。スザクの背筋が冷える。
「この、」
ああ、嵐の次は、
「馬鹿スザァクッ!!」
雷だ。
「大体おまえ、俺より日本語が乏しくてどうする!? そんなことでこの先社会の荒波に耐えられると思ってるのか!? それに簡単に謝るな! 何でも謝っとけば済むと思ったら大間違いだぞ! おまえのその卑屈な性根を根本から叩き直してやる!」
「わあーっ!! る、ルルーシュ! わかった! わかったからもう授業に行かないと!」
「授業!? 何行ってるんだ昼食もまだ途中だろう!」
「え、えええっ!?」
虚しく本鈴が響き午後の授業の始まりが告げられる中、ルルーシュは悠然と腕を組み、当然の真理を諭すようにスザクに告げた。
「言っただろう、食は生命活動の基本中の基本だ。大体おまえ、この俺が作った弁当を、残して捨てるつもりか?」
「ええっそんなまさか! いやでも授業も大事で、えっととにかく、サボるのはまずいんだよ!」
「どうしてまずいんだ、アッシュフォードは単位制だろう。単位に必要な出席点と成績が取れれば何の問題もないはずだ」
「ええっ!? そう言われればそんな気もするけど、いやでも、」
「どうして授業をサボったらいけないのか、この俺にも、わかりやすく、説明してくれないか? 言っとくが、サボったらいけないことになっているなんて言ってみろ。今後一切おまえにおかえりは言ってやらんからな!」
あまりのことに、スザクはぽかんと口を開けてしまった。そして顔が勝手に全開の笑顔になってしまうのを止められなかった。
「何をにやついている! って、おい、スザク!?」
衝動的に抱き締めると、ルルーシュが苦しそうに身を捩った。この馬鹿力が! という罵声も今は天使の囁きだ。
スポーツ特待生であるスザクにとって、この学園生活での最優先事項は部活だ。ルルーシュの転入初日には舞い上がって休みを貰ってしまったが、副主将という立場上、おいそれと休むわけにはいかない。不慣れなルルーシュを一人で帰すことにも、家に一人にすることにも不安はあったけれど、当の本人が一人で大丈夫だとしらっと言って無事に帰宅もしていたので、ルルーシュがスザクの帰りを待つという生活パターンが既にできていた。
スザクは今でもあの感動を忘れない。へとへとに疲れ果ててとっぷりと夏の日も暮れた頃に帰宅した瞬間に、「おかえり」とルルーシュに出迎えられたあの喜びを。
その場でぶわっと泣き出したスザクが、君におかえりって言われるのが幸せで、と言った一言を、ルルーシュはしっかりと憶えているのだ。そしてそれが、いかにスザクにとって、価値のあるものであるかも。
「ルルーシュ! 大好きだ!!」
「はああ!? なんでそうなる!?」
この馬鹿スザク! と、もういちど落ちた雷は、けれどスザクにとっては、ただただやわらかいばかりの、ふんわりと優しい羽毛だった。
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