おでん屋ナナちゃん設定。
「休みがとれた!!」
何の予兆もなく突然スパァン!と開け放たれた店の扉に、ルルーシュは小さく「ひっ」と声を漏らして驚いた。その拍子に読んでいた本をばちんと閉じる。
けれど、そこにいるのが幼馴染のスザクであると気付くと、何事もなかったかのように眉をひそめて「何だ、騒々しい」と口を開いた。
いつもならそんなルルーシュに「もしかして今びっくりした?」と言いながらからかってくるはずのスザクは、手にしていた紙の束をえいっとルルーシュへ投げつけると、再び満面の笑顔で叫んだ。
「休みがとれたんだってば!!」
咄嗟にキャッチした紙の裏側には、大掃除やら初詣といった大晦日から三が日までのスケジュールが書かれている。
ぐしゃっと紙が潰れるのも構わず、スザクはルルーシュの両手を握ってぶんぶんと振り回し始めた。
「高校生の頃以来だ!紅白見たいしカウントダウンしたいしコタツとミカンで年越しソバ食べたい!思い切って初日の出ドライブとかしようか!?」
あまりのテンションの高さに、ルルーシュは口を挟む暇もない。
「ナナリーにも言わなきゃね!そうだ、カレンに言って振袖貸してもらったらいいんじゃないかな!」
そう言うと、スザクはぱっとルルーシュの手を離して「ナナリーは?」と2階へ続く階段へ足を向ける。突然手を離されたことで、勢いを殺しきれずに前につんのめりそうになりながら、ルルーシュは「ナナリーは外出中だっ!」と声を張り上げた。
「あ、そうなんだ。ああ、町内会の集まりかな。毎年この時期はそうだもんね。…って、何してるのルルーシュ」
「お前が言うか…っ!」
カウンターに突っ伏すような体勢のままルルーシュが恨めしそうにスザクを睨みつけると、スザクはきょとんと瞬いて首を傾げた。
「あれ、もしかしてルルーシュ……怒ってる?」
その直後にルルーシュの怒鳴り声が店先まで響いたのは言うまでもない。
ひとまず落ち着きなよ、と水を注いだコップを手渡されてルルーシュは奪うようにそれを一気にあおった。
「お前が妙な言動に走るからだろうっ!大体お前はいつもそうだ!行動に移す前に考えろと何度言えば覚えるんだ!」
相変わらず変なところで熱しやすいなぁと思いつつ、スザクは「はいはい」と簡単に話を流す。いちいち取り合っていたら日が暮れてしまうし、ルルーシュの説教を聞くために走ってきたわけではないのだ。
「今度から気をつけるから。それよりさ、休みが取れたんだって!年末年始の!」
すっかりしわくちゃになった紙を引き伸ばし、「ホラここ!」とスザクが指差す先には、12月31日から1月3日まで花丸のついたカレンダーが印刷されている。
ルルーシュが「何だこれは」と視線で問えば、スザクは呆れたと大げさに肩をすくめてみせた。
「君ってさぁ、頭はいいけど結構バカだよね。出勤のシフト表に決まってるじゃないか」
面と向かってバカ呼ばわりされカチンときたルルーシュだったが、反論したいのをぐっと堪えて鼻で笑う。
「それが俺やナナリーにどう関係があるって言うんだ。うちは年中無休365日営業だぞ。年末年始の休みなどあるはずもないだろう」
スザクのことだ、うっかり忘れているに違いないと自信と嫌味たっぷりに言った言葉に、「知ってるよ。今更何言ってるの」
と真顔で返されてルル-シュはいよいよ頭を抱えた。
「それならば余計に意味が分からない。ナナリーも俺も忙しい。お前はこの寒いなか、わざわざうちまで休暇を自慢しに来たのか?お前が休みでも俺達はお前の相手などしていられないぞ」
これから仕込む食材が詰まった段ボールを示せば、スザクはそれこそ意味が分からないと首を振った。
「君の予定なんかどうでもいいんだ。どうせ僕に合わせるんだから」
「なっ…!?何だそれは!なぜ俺がお前の都合に合わせなければならない!」
「当たり前だろ、ルルーシュは僕のなんだから」
まるで答えになっていないスザクの返事が予想外すぎて二の句が継げないでいると、ルルーシュの言葉を待たずにスザクが勝手に予定を煮詰め始めた。
「まず31日は朝から大掃除するだろ?で、正月用の物を買いに行って、簡単でいいから御節とか準備しようよ。君できるだろ?その間に僕が門松用意しておくからさ。それで終わったら紅白見ながら年越しソバ。で、天気がよさそうだったら初日の出見にドライブしよう!」
口にする傍から持ってきた紙の裏にペンで予定を書きとめるスザクに、ルルーシュは大きくため息を吐いて米神を押さえた。こうなったスザクは最早誰の話も聞かないのは(というより耳から脳に伝わらないのは)長い付き合いで学習済みだ。
「…それで?お前は俺やナナリーに店を休めというのか?」
「休めっていうか、休むんだよ。ナナリーから聞いてない?君が帰ってきたら何が何でも放さないで家にいさせて、3人で一緒にお正月するって約束してたんだ」
高校を卒業して、すぐに家を出た。ナナリーを一人にすることに抵抗がなかったわけじゃない。それでもそうしたのは、傍にスザクがいると分かっていたからだ。あいつの優先順位は、昔から何一つ変わっていない。ルルーシュがそうであるように、彼女がいようと試験を控えていようと何があろうと、守るべきはナナリーで、スザクで、ルルーシュだった。
言葉に出して確認したことはない。けれど、ルルーシュはスザクにとってもそれが不変の事実だということを知っている。
一瞬、何か暖かいような泣きたいような上手く言い表せないものがルルーシュの胸を覆った。
スザクに怪しまれないよう、ただ「……聞いていない」と不満そうに言うのが精一杯だった。
「でも今聞いたでしょ?だから、ちゃんと空けておいてね」
そんなルルーシュに気付いていないはずはないのに、スザクはただただ嬉しそうに笑う。
「何年ぶりかな。楽しみだね。懐かしついでに書初めとかしちゃおうか?」
二十歳を過ぎても笑うとまだまだ幼さを残すスザクの笑みは、ルルーシュの気に入りの一つだ。スザクが知っているかどうかは知らないが、知られていてもいいか、とルルーシュは微笑んだ。
「今のところ他に予定もないしな。仕方ない、付き合ってやってもいいぞ」
「なにそれ、ほんとに素直じゃないよね」
世界をふらふらするのは好きだ。けれど、自分を知る人間がいる慣れ親しんだ土地も悪くない。
ルルーシュは年季の入った暖簾を軒先にかける。いくら開発が進んでも、懐かしさを感じる場所。
「ねぇ、ルルーシュ!おでん食べたい!」
「こら、勝手に取るんじゃない!」
扉を閉めて店内に戻る。ふと、さっきまで懐かしくて読んでいた本が目に入った。掃除の途中で見つけて、暇つぶしのために手にした、昔ナナリーによく読んでやっていた本だ。
彼女は冒険の果てに確かこう言っていたな。
今なら、まぁ賛同しないこともない。差し出された器に湯気を立てるおでんをよそいながら、ルルーシュは笑った。
おうちがいちばん!
ルルが冒頭で読んでたのはオズの魔法使いということで。
PR