Author:澪
「嘘。」
エントランスの暗がりで見る翡翠は、ずっと沈んでいて、どこまでも深い。その表情は、確かに笑っているのに、真意がはかれない。
「なに、が」
思わぬ言葉に遮られて、先ほどまで自分が考えていたことを、忘れてしまう。彼に、嘘だと指摘されるような台詞を吐いただろうか。瞬時にルルーシュの思考が回転した。
「なんでもない、ことないだろ?」
ああ、そこか、と安堵して、けれどそこに食いつくスザクの真意は相変らずわからない。
「ほんとに、なんでもない」
若干反応に困ってそう口にすると、スザクが不満げに眉を顰めた。
「ルルーシュは、秘密ばっかりだ」
何故か、真摯な睛を向けられる。それに一瞬胸が痛むが、ゆるやかに首を振って、スザクの肩を小突いた。
「一体何を心配してるのか知らないが、心配しすぎだ。何もない」
疑り深くなったのも、軍人になったせいか、と揶揄すると、そうだよ、と低い声が返ってきて思わずスザクの睛に眼が吸い寄せられた。
「僕は、とても疑り深くなった。だからルルーシュ、」
スザクの左手が、そっとルルーシュの頬を撫でる。
「僕に、嘘を、吐かないでね。」
ほんの、一呼吸ほどの空白の後、ルルーシュは優しく微笑んだ。
「ああ、吐かないよ。」
まず、第一の嘘。
ルルーシュは脳裏でカウントして、いや、違うか、とすぐに否定する。もう、幾つも吐いている。でも違う、とすぐにまた否定が被さる。自分がゼロであることは――嘘を、吐いているわけではない。言っていないだけだ。けれどその最大の「秘め事」の周囲に、細かい虚偽が付随していることも事実。
涼やかな美貌の奥で、一息の間にそれだけの思考をして、すぐにそれを畳む。スザクの翡翠が、そっと細められた。
「じゃあ、ルルーシュ」
ほんわりと、微笑が咲く。
「また明日」
スザクが、ドアを開く。外からの風が、ふわりと二人を撫でる。
「ああ、また、明日」
明日は学校に来れるのか、と訊ねようとして、すぐにそれを止めた。意味の無い確認だ。予定外の「仕事」が入ることもざらにある。
スザクは、また明日も、会えればいいと、そう願っているだけ。
「気をつけて帰れよ!」
走り出した背中に向かって叫ぶと、誰に向かって言ってるの?とスザクが振り向いて笑った。見えなくなるまで、見送った。
スザク。
きっと以前のお前なら、一度気になったことは、納得のいくまで追求しただろう。疑り深くなった反面、無闇に踏み込んで暴く乱暴さはなくなった。確かに、幼少の頃のスザクの乱暴さは、目に余るものがあったが――けれど、まっすぐだった。心地好いほどに。
また、お前と組めたら。
暗い翡翠を思い出して、ルルーシュは溜め息を吐く。
けれどもう、昔のようには。
「また明日、スザク」
誰にも届かない囁きを、自分の耳だけで受け止めて、ドアを閉める。
あとどれくらい、この言葉を交わせるだろう。
そう考えてしまってから、少しだけ、感傷的になっている自分に苦笑して、ルルーシュは歩き出した。