人はみんな、泣きながら生まれてくる。だけど僕は、君を思って泣いた。君が傍にいないことに、君を喪った日を思い出して、ただただルルーシュのことだけを思って、僕は泣いた。
やっと会えたね 初めまして?
目蓋の裏まで照らすような眩しい日差しに、目が覚めた。昨夜もカーテンを閉め忘れて寝たらしい。むくりと体を起こした瞬間に水が頬を伝って、また自分が泣いていたことに気づく。
「ルルーシュ…」
口をついて出るのは君の名前だけ。まだ僕が枢木スザクだった頃から、飽きもせずにひたすら呼び続けてきた君の綺麗な名前だけだ。
枕元でカチリと長針が短針に重なる音が聞こえた。目覚ましが鳴り出す前にスイッチを止めて、カーテンを開ける。
「すっかり春だよ。君の好きな季節だね、ルルーシュ」
いつだって、君のことばかり考えている。
物心つくかつかないかという頃、僕はこれが生まれ変わりだということに気がついた。どうさかのぼっても枢木の家はもちろん、京都六家にも繋がらない家系の一人っ子として生まれた僕は、何の因果か、この生でもスザクという名前で、男で、緑色の目に茶色の癖毛。まるであの頃の生き写しだ。
「スザクー!ご飯できてるわよー!」
階下から母親の呼ぶ声がして、ようやく思考が戻ってきた。君のこと、生まれ変わる前のことを考えるとすぐに没頭してしまう。机の隣に置かれた写真立てを振り返った。そこには、国立図書館からカラーコピーしてきた稀代の悪逆皇帝――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの写真が納まっている。
「もう、1000年が過ぎたんだって。びっくりだよね」
記事の写真の中のルルーシュは、いつまでもただただ綺麗に微笑うだけで返事を返さない。写真の端に控えている騎士姿の自分の真面目くさった表情が妙に可笑しい。
「ずるいな、君は。ルルーシュが傍にいるってだけで、もう十分幸せなのに」
自分自身に嫉妬するなんて、自分自身が羨ましいなんて君は笑うだろうか。あの日々の焼け付くような痛みを思っても、君が隣にいるという幸福にはかえられない。
「スザクー?遅刻するわよー!」
「今行くよ」
返事を返して部屋を出る。扉を閉める前にもう一度だけルルーシュの写真を見つめた。
「行ってきます、ルルーシュ」
桜の花が強い風で散っていく。見知った顔の中に真新しい制服を着た見慣れない顔の新入生が歩く通学路を、中学から愛用している自転車で走る。暖かい日差しとは裏腹に頬を切る風はまだどこか冷たい。今日から始まる3年間に胸を躍らせる新入生とは違って、こっちは今日から受験の1年間が始まる。
「でもまぁ、僕にはあんまり関係ないか」
僕は大学や専門学校に進学するつもりはさらさらなかった。少しは揉めたけれど、両親ともとっくに話はついているから問題はない。先生にはもしかすると何か言われるかもしれないけど。
高校を卒業したら、旅に出る。子供の頃から決めていたことだ。日本だけじゃない、世界中を回るんだ。
自分で好きに歩けるようになってからずっと、暇さえあれば外に出てきた。多分、周囲の人間には相当外で遊ぶのが大好きな子供だと思われていただろう。自転車が与えられてからは自転車で、お小遣いが与えられ出してからは電車も使って。虫取りに出るわけでもなく、友達と遊びに行くわけでもない。ただ時間の許す限り外に出て、ただずっとひたすら小さい頃からずっとルルーシュのことを探してきた。
「君は日本が好きだって言ってたけど、生まれ変わり先まで自分で選べるわけじゃないしなぁ」
自分だって気がついたら日本にいて、スザクとして生きていて、前世の記憶を持っていたのだ。
入学式と大きく書かれた看板の前にカメラを手にした父兄と新入生が群れるように立っている。その明るい笑顔を横目に、ついつい彼の後姿を人の中に探してしまう。もう癖というか、自分にとっては呼吸よりも自然な行動になっているそれに、自分でも思わず笑ってしまった。
新しい教室に行き、入学式に出て、新入生の中にルルーシュを探す。収穫もなく、諦めて目を閉じて退屈な式をやり過ごした。
いつもよりも早く学校が終わった放課後、そのまますぐに帰る気にはなれなくてぼんやりと屋上で時間を潰す。
アッシュフォードでルルーシュと屋上で過ごしたことが印象的だったせいか、生まれてからずっと屋上という場所が―特に学校の屋上と言う場所が好きだ。
「どこに行こうかな。やっぱりまずはブリタニアかな。それともぐるっと日本中をしらみつぶしに探し回るのが最初かなぁ。それとも意表をついて近場の中国から?」
ルルーシュは自分が一番の常識人で、僕こそをイレギュラーの塊のように言っていたけれど、僕に言わせればルルーシュだって十分イレギュラーだった。むしろ予想外なことだらけで、彼には随分振り回されたような気がする。
「あはは、ルルーシュは相変わらず難しいなぁ。まぁ、僕の思い通りになる君なんて君じゃないか」
ルルーシュが密かに好きだったいちごオレを片手に、暮れていく空を見上げて笑った。
綺麗に茜色に染まった空をゆっくりと鳥が渡っていく。メロンパンに似た雲が遠くに流れていくのを見送ってから、全身を猫のように伸ばした。
「んぅ~~~っ!…よし、そろそろ帰ろうかな」
パンパンとズボンの埃を払って跳ねるように立ち上がる。さっき見たときにはちらほら残っていた生徒の姿ももうない。今日は部活もないからすっかり学校は静まり返っていた。
「喧騒に満ちた賑やかなのも好きだけど、こんな風に誰もいない静かな学校もいいな。何か特別な感じがする」
ネクタイを緩め、給水塔から梯子を使わずに飛び降りる。身体能力もまるであの頃のままの僕にとってはいつものこと。けれど、着地地点に人影を見つけて、空中で咄嗟に腕を伸ばした。その人影ごと抱き込んで衝撃を殺すために体を丸めて屋上のアスファルトに転がる。背中に鈍い痛みを覚えながら、慌てて腕の中を覗き込んだ。
「ごめん!人がいるなんて思わなくて!怪我してない!?」
腕の中にいたのは女子生徒だった。リボンの色で新入生だと分かって尚更焦る。長い黒髪が乱れて顔は見えなかったけれど、ふるふると首が振られた。
「大丈夫、だ。ちょっと、いや、かなりびっくりしたが」
お前のおかげで怪我もない、そう言いながら少女は白い指で顔にかかった髪を払う。
「こちらこそすまなかった。まさか上に人がいるとは思わなかったから。お前こそ怪我はないか?」
夕日の中でも見間違えるはずもない紫紺が心配そうに僕を見上げた。光を浴びてきらきらと輝く目の中に、ぽかんと口を開けた間抜けな顔の僕が見える。
「……………シュ」
少女は首を傾げ、どこか打ったのか?と気遣わしげに僕の頭に手を伸ばしてきた。
強烈なフラッシュバック。
長く細い指で僕の髪を梳くこの光景。まったくお前はと、口では怒ったように言いながらも優しく微笑むのは―――、
「ルルー、シュ…」
目の前にいたのはあの頃のまま、白い頬に華奢な体、夜のように艶やかな黒髪、耳にいつまでも残る心地いい低めの声、見る角度によって輝きを変える至高のロイヤルパープル。
見間違えるはずがない。忘れるはずがない。例え姿かたちがどれほど変わっていても、会えば絶対に分かる自信があった。
「ルルーシュ…」
「な、何だ、どうした?やっぱりどこか打ったのか?」
おろおろと困ったように目の前の少女が顔を曇らせる。その綺麗な顔にぱたぱたと滴が落ちるのを見て初めて、僕は自分が泣いていることに気がついた。
「ちが、違うんだ…打ってないよ。どこも痛くない。だいじょうぶ……、っ!」
堪えきれずに抱き締める。ああ、間違いない、ルルーシュだ。これは、ずっとずっと、あの1000年前のゼロ・レクイエムの日からずっと探してきた、求めてきたルルーシュなんだ。
腕の中で体を硬直させていた少女が短く息を吐いた。そして腕を回してぽんぽんとあやすように僕の背中を叩く。
そのまましばらく少女の優しさに甘えて、ようやく泣き終わる頃には、もうすっかり辺りは暗くなっていた。
「色々…ごめん、その、ごめん」
初対面の下級生相手を捕まえて号泣してしまう上級生なんか聞いたことがない。決まりも悪くて頭を勢いよく下げると、少女は―ルルーシュは可笑しそうに首を振る。
「気にするな。特に予定もなかったし。それより落ち着いたようでよかった」
僕の涙ですっかりびしょ濡れになってしまった襟元を見て「制服も明日には乾くさ」と笑った。
「ほんとにごめんね。お詫びに送らせて。もう暗いし、女の子一人じゃ危ないよ」
「気にしなくていいのに…と言ってもきっと納得しないんだろうな」
肩をすくめながら笑って手を差し出す。
「よろしく。私は1年のルルーシュだ。ルルーシュ・アカリ・トリュフォーという。ふふ、姓が名前だなんて可笑しな名前だろう」
悪戯っぽく告げられた名前に、思わずまた泣いてしまった。泣きながら、あははと声を出して笑う。ああ、君も同じ名前をもらっていたんだね。
「何だ、泣いたり笑ったり忙しい奴だな」
僕のネクタイの色を見ながら、苦笑してルルーシュはポケットからハンカチを出して僕の頬を拭ってくれた。
「それにしても、なぜ私の名前を知っているんだ?今日は朝急用が入って式には参加できていないんだが。前に会ったことがあったか?」
不思議そうにきょとんと瞬く少女に微笑む。嫌がられないのを確認してそっと桜貝のような爪のついた指先を緩く握った。
「ううん、でも、僕達は一緒にいたことがあるんだよ」
彼女に前世の記憶はない。それにほんの少し寂しさが湧いた。けれど、続きから始めたいわけじゃない。愛してやまない君という人間と、新しく一から始めたいんだ。今度こそずっと一緒に笑っていられる未来のために。しわくちゃのおじいちゃんおばあちゃんになるまで、そして一緒のお墓に入るまで、ずっとずっと2人で幸せでいるために。
「どういうことだ?私は先週日本へ来たばかりなのに」
今度こそ、絶対に離したりしない。何があっても。
「僕、何でか知ってるよ。これは運命なんだ」
大きな菫色の目を大きく見開いて、それでもルルーシュは面白そうに笑った。
「なるほど、それは興味深いな」
握り返された指先が君の答え。
そして。
じわりと伝わってきた懐かしい体温が、僕達の未来の答えになる。
タイトルは
「恋したくなるお題」さんから。
生まれ変わり後は名前も容姿も全く変わっていて、それでも出逢って惹かれあう感じかなとも思いつつ、やっぱり2人の名前は特別で姿かたちもできるなら崩したくなくてこういうことに(^q^)イヒ
ルルの現世での名前…アカリはランペルージ(赤い灯火)から(灯=アカリ)、トリュフォーはフランス人の姓から。ルルーシュってフランスの姓名にあるんですね~(wiki先生より)
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