Author:澪
同時に頬張って、お互いに眼を剥いた。瞬時に二人はまなざしを通わせて、お互いの胸中を探る。
「――やっぱり?」
スザクが、口元を手で塞いで、もごもごと言う。ルルーシュは遠慮なくティッシュに口の中のものを吐き出して、おにぎりを握りつぶさん勢いで凝視する。
「砂糖!?」
「だよね!?」
スザクの眉が頼りなく八の字に垂れ下がる。そしてそのまま二人とも無言でおにぎりを丁寧に包みに戻す。
「あ、はは!セシルさん、砂糖と塩間違えるなんて、お約束だなあ!」
それにルルーシュは全力で突っ込む。
「間違えるか!?」
「や、セシルさんなら、有り得るかも?」
くすくすと楽しそうに笑うスザクを見ながら、ルルーシュは奇異なものを口にしたことによるものだけではない感情で、僅かに眉を顰める。そのささやかな変化を、スザクは見逃さない。
「なに、ルルーシュ、」
スザクが、深い翠色の眼をゆったりと寛げる。その色は、7年前からちっとも変わっていないのに、この表情は、ルルーシュの知らないものだ。
「なに拗ねてるの、」
スザクがやわらかく微笑む。
「な……拗ねてなんかいない。」
思わぬ言葉にルルーシュが心外だとばかりに背凭れに寄りかかり腕を組む。図星をつかれたとき、わざと尊大な仕草をするのは彼の癖。それをスザクは懐かしく思う。けれど7年前の彼なら絶対に、一度口に入れたものを吐き出したりはしなかった。それに少しだけ、切なくなる。
「嘘ばっかり。僕はルルーシュのことならなんでもお見通しだよ」
余裕たっぷりに笑われて、ルルーシュは唇を引き結ぶ。気に食わない、と顔に大きく書いてある。それにまた笑うと、今度はスザクの前の料理がルルーシュの方へ引き寄せられる。それに、あ、と声をあげると、ルルーシュが不敵に微笑んだ――どちらかといえば、ニヤリという擬態語がつきそうな不穏な表情で。これも、スザクが知らない表情。
「下らない妄想してると、やらないぞ」
ルルーシュの手元に引き下げられた深皿の中には、ほくほくと美味しそうに湯気を立てる肉じゃがが納まっている。ほっくりと色づいたじゃがいも、やさしく鮮やかな人参、くったりと甘そうな玉ねぎ、ひかえめに誘惑している糸こんにゃく、じゅわっと出汁が染み出しそうな牛肉、そしてひときわ華やかなアクセントを添える絹さや。スザクは生唾を飲み込む。
「そ、それだけはぁぁ……!」
「ふん、これが欲しいか、」
「ほ、欲しいです!」
「じゃあ、軍を辞めろ。」
かちり、と二人の眼が噛みあう。しん、と静寂が部屋を支配する。
「ルルーシュ。」
スザクの翠が深くなる。
エメラルド。ルルーシュは、その宝石の耀きを思い出す。きらきらと光を乱反射する二つの宝石。その色は、ちっとも変わらない。けれど、7年前はその輝石のままにくっきりと光を反射していた明るい瞳は、今は、深く光を吸い込む、底の知れない湖のようにそこに在る。ルルーシュは、その変化を、少しだけ、切なく思う。
こんなにも、自分の知らない表情で。
「そんな、意地悪言わないで。」
スザクが机越しに手を伸ばして、ルルーシュの髪に触れる。さらり、と優しく前髪を横に流すようにして梳く。それに一瞬ルルーシュは気を取られ、思わず視線でスザクの手を追った。しなやかに一部の隙もなく。
こんなにも、知らない仕草で。
「ルルーシュって、可愛いよね」
スザクの満足げな声にルルーシュが我にかえると、肉じゃがの皿は無事にスザクの手元に戻っていた。
「……――っ」
ルルーシュが眼を瞠る間に、スザクは素早くじゃがいもを口に放りこむ。
「~~んまい!」
満面の笑顔。でもやはり、いつかのくっきりとした力強い笑みではなく、どこまでもやわらかくやさしい笑み。
「――当たり前だ、俺が作ったんだから」
やわらかい棘が心の側壁を這って行く。その鈍い痛みを押し殺して、ルルーシュは艶然と笑む。
スザクは、それを見て僅かに眼を細めた。芽吹いたばかりの棘に絡め取られる。
「ちょっと待ってろ、今俺がおにぎり作ってきてやるから」
ルルーシュが席を立ち、キッチンへ向かう。その後姿に、スザクは、ルルーシュ、と声を投げた。
「セシルさんは、ただの上司だから」
それに一瞬ルルーシュは足を止めて、ふぅん、と興味なさげな吐息を落とす。
「――だから?」
けれど彼は振り向かない。その理由を、多分、スザクは正確に理解している。
「それだけ。」
「……変な奴。」
スザクはルルーシュの背中に、この上なく幸福な微笑を送った。